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【罪悪感】PTAや学校行事に参加できず非協力的な親と思われるのが怖い時の考え方とは

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「すみません、欠席します」の文面を、何度も打ち直してしまうことはありませんか

この記事では、PTA活動や学校行事に参加できず「非協力的な親」と思われるのが怖いと感じてしまう理由と、そんな不安との付き合い方についてお伝えします。土曜の朝、地域の廃品回収を知らせるクラスのLINEグループに、「すみません、欠席します」の一文を送ろうとして、消しては打ち直す、を繰り返してしまったことはないでしょうか。仕事のシフトだから仕方がないと分かっているのに、送信ボタンを押す指が、なぜか重くなってしまう。そんな朝が、何度もあったのかもしれません。

こんな瞬間、心当たりはありませんか。学校からのお便りに「保護者の皆様のご協力をお願いします」という文字を見つけて、真っ先に自分の勤務シフトを確認してしまう瞬間。行事の前日、参加できないことを伝えるメッセージの文面を、必要以上に丁寧に書き直してしまう瞬間。そして、後日「先週はお休みでしたね」と何気なく言われただけで、責められたわけでもないのに、心の中で謝ってしまう瞬間です。

介護施設でのパートのお仕事は、土日を含む不規則なシフトが多く、学校行事と重なることが少なくないのかもしれません。近くに住む両親も高齢になり、以前のように頼ることが難しくなってきて、代わりに参加してもらうという選択肢も、なかなか取りづらくなっているのでしょう。

小学五年生と二年生のお子さんは、それぞれ違う学年行事や委員会活動があり、参加できるかどうかの確認だけでも、月に何度も気を揉むことになっているのかもしれません。シフト表が出るたびに、行事の予定と照らし合わせて、頭の中でカレンダーを組み立て直す作業を、誰にも気づかれないまま続けているのでしょう。

こうした気持ちは、夫に話しても「休めないなら仕方ないだろう」で終わってしまいそうで、それ以上は口にできずにいるかもしれません。ママ友に仕事の事情を細かく説明するのも億劫で、結局、何も言わずに欠席の連絡だけを送ることになるのでしょう。

ここまで、仕事と子育ての両方を、誰にも文句を言わずに支えてこられましたね。参加できない日があることは、あなたの頑張りが足りないことの証ではありません。

「非協力的だと思われているかも」その不安は、あなたの真面目さの裏返しかもしれません

学校行事に参加できないことを「非協力的」だと見られるのが怖いのは、あなたが本当に非協力的だからではありません。むしろ、周りの中で役割を果たしたいという気持ちが人一倍強いからこそ、果たせていない自分に、心が「このままで大丈夫かな」と警報を鳴らしているだけなのかもしれません。

以前、あるママがこんな話をしてくれたことがあります。土日出勤の多い仕事をしながら二人のお子さんを育てているその方は、運動会の準備日に何度も参加できず、ある日、他の保護者から「いつも大変そうですね」と声をかけられたそうです。悪意のない言葉だと分かっていても、「大変そうな家庭だと思われている」ように感じて、その夜、なかなか寝つけなかったと話してくれました。「仕事だから仕方ないと自分に言い聞かせても、心のどこかで納得できていないんです」と、静かに話していたのが印象に残っています。それからしばらく、行事のお知らせが届くたびに、内容を確認する前に、まず気持ちが重くなってしまう時期が続いたのだそうです。

こうした不安の裏には、いくつかの思い込みのクセが隠れていることがあります。ひとつは、相手の気持ちを勝手に決めつけてしまうクセです。「行事に参加できないと、非協力的な親だと思われているに違いない」と、確かめてもいない相手の評価を、先回りして決めつけてしまってはいないでしょうか。本当にそこまで思っている人が、実際にどれだけいるのか、一度立ち止まって考えてみる余地があるかもしれません。

もうひとつ、自分が周りからどう見られているかに、常に意識が向きやすいクセもあります。例えば、評価を気にかけやすいタイプの傾向を持つ人ほど、一度参加できなかっただけで、その後もずっと「あの家庭は協力的でない」というレッテルを貼られ続けると感じてしまいやすいのです。一度の欠席が、この先ずっとの評価に直結すると決まったわけではありません。

「協力できる形」は、人によって違っていいのかもしれません

学校や地域の活動における「協力」は、必ずしも同じ時間に同じ場所へ集まることだけを指すわけではありません。平日の夜に配布物を準備する人もいれば、行事の運営を支える人、家庭でできる範囲の役割を担う人もいます。参加できる形は、それぞれの生活の事情によって、違っていて当然なのです。

周りの保護者も、それぞれ違う制約の中で暮らしています。専業主婦として時間の融通がきく人もいれば、あなたと同じように、仕事のシフトに縛られながら参加している人もいるでしょう。同じ「参加」でも、そこにかけられる時間や労力は、人によって大きく異なります。

もしかすると、周りにいる保護者の中にも、表向きは参加していても、本当はぎりぎりの調整をして駆けつけている人がいるかもしれません。見た目には「協力的」に映る人と、あなたとの違いは、事情の深刻さではなく、たまたま調整がつきやすい状況にあったかどうか、というだけのことも多いのです。

もしよければ、欠席の連絡をする際に、理由を細かく説明しすぎず、「仕事のため欠席します」とだけ簡潔に伝えてみませんか。説明を重ねるほど、かえって「言い訳」のように響いてしまうこともあります。簡潔な連絡のほうが、お互いに気を遣わずに済むこともあるのです。

また、どうしても参加したい行事がある時は、シフトの調整を早めに相談してみるという方法もあります。すべての行事に無理をして参加しようとしなくても大丈夫です。今回は難しい、という時期があってもかまいません。知っておくだけで十分ですし、辛い時は、罪悪感を一旦横に置いて、今日の仕事に集中してしまってもいいのです。

参加できない自分も、そっと頑張っている自分も、どちらもあなたです

学校行事に参加できず不安を感じてしまうあなたは、それだけ子どもや周りとの関係を大切に思ってきたということでもあります。その気持ちは、決しておかしなものではありません。

参加したい気持ちと、今は難しいという現実が同時にあっても大丈夫です。どちらか一方に決めなくても、両方抱えたまま、今日という日を終えてしまってかまいません。

明日も、無理に「協力的な親」であろうとしなくて大丈夫です。あなたのペースで、少しずつで大丈夫ですから。

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この記事を書いた人

私はこれまで、心理学やビジネスコミュニケーションの現場、そして「国家資格を持つキャリアコンサルタント」として、数えきれないほど多くの方々の「人間関係」や「生き方」に向き合ってきました。

相談室の椅子に座り、長い時間をかけてお一人おひとりの物語を丁寧に聴き続ける中で、ふと気づいたことがあります。それは、深夜にポッと光るスマートフォンの通知や、LINEの返信という「目に見えない鎖」に縛られ、本来の自分を見失って立ち尽くしている方が、驚くほど多いということです。

特に、子育てや家庭、あるいは地域コミュニティの最前線で、誰かのために「いい自分」であり続けようと頑張る方々ほど、その重圧は計り知れません。一見完璧に見える方々が、社会が求める「理想の像」という重い鎧(よろい)を脱げないまま、金属疲労を起こして心が白く変色してしまったような……。そんな、言葉にならない「聞こえない叫び」を、私は何度も目の当たりにしてきました。

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