「本当に他人に預けていいのだろう」登録画面の前で、指が止まってしまう夜
この記事では、ベビーシッターに頼ることへの罪悪感と、お金を払ってまで人に子どもを見てもらっていいのかという不安との付き合い方についてお伝えします。深夜、締め切りが迫った仕事のパソコンを閉じたあとに、シッターマッチングアプリを開いてみたものの、登録ボタンを押せないまま画面をスクロールし続けてしまったことはないでしょうか。頼りたい気持ちと、頼ってはいけない気がする気持ちがせめぎ合って、結局そっとアプリを閉じてしまう。そんな夜を、何度も繰り返してきたのかもしれません。
こんな瞬間、心当たりはありませんか。娘さんの体調が悪い日に限って大事な打ち合わせが入り、誰にも頼れずパソコンの前で頭を抱えてしまう瞬間。シッターの利用料金を見て「この金額を払うなら、私が我慢すればいいだけの話だ」と、申し込みを踏みとどまってしまう瞬間。そして、ようやく預けた日の帰り道、後ろめたさで足取りが重くなってしまう瞬間です。
自宅でフリーランスのお仕事をしていると、「家にいるのだから、子どもの世話も仕事も自分でできて当然だ」という声が、誰に言われたわけでもないのに、頭の中で鳴り続けているのかもしれません。実家も遠く、頼れる親族が近くにいない中で、すべてを一人で抱え込むことが、いつの間にか当たり前になってしまっているのでしょう。
娘さんが昼寝をしている一、二時間の間に、その日の作業を一気に片付け、起きてきたらすぐに抱っこや遊びに切り替える。そんな綱渡りのような毎日を、誰にも気づかれないまま続けているのかもしれません。夫は出張が多く、頼れる時間帯も限られているため、結局は自分の睡眠時間や休憩を削ることで、その日その日をやり過ごしてきたのでしょう。
ここまで、誰の手も借りずに、本当によく踏ん張ってこられましたね。頼ることをためらってしまうその真面目さは、あなたが子育てにまっすぐ向き合ってきた証でもあるのです。
「頼るのは甘え」その声は、あなたを守るための古いアラームかもしれません
シッターに頼ることを「甘え」だと感じてしまうのは、あなたの覚悟が足りないからでも、母親としての愛情が薄いからでもありません。長い間「子育ては母親が一人でやり遂げるものだ」という景色を見せられ続けてきたことで、頼るという選択肢そのものに、心がブレーキをかけてしまっているだけなのかもしれません。
以前、あるママがこんな話をしてくれたことがあります。自宅でデザインの仕事をしながら二歳のお子さんを育てているその方は、納期前夜に高熱を出してしまい、初めてシッターに依頼したのだそうです。作業を終えて迎えに行くと、お子さんが楽しそうに絵本を読んでもらっている姿を見て、安心すると同時に「私がいなくてもこんなに笑うんだ」と、複雑な涙が出てきたと話してくれました。
その方は後日、「シッターさんに、娘が普段どんな遊びが好きか、丁寧にメモを渡して依頼した」とも話していました。任せきりにするのではなく、自分なりの関わり方を残しておくことで、少しずつ「手放す」ことへの抵抗が薄れていったのだそうです。
こうした罪悪感の裏には、いくつかの思い込みのクセが隠れていることがあります。ひとつは、完璧にできないと母親として全部ダメだったと思ってしまうクセです。「一日でも人に頼ったら、母親としての役目を果たせなかったことになる」と、極端に考えてしまってはいないでしょうか。一日誰かに助けてもらったからといって、それまでの日々の積み重ねが消えるわけではありません。
もうひとつ、人に頼ることを苦手に感じ、自分だけで解決しようとしてしまうクセもあります。例えば、一人で抱え込みやすいタイプの傾向を持つ人ほど、「頼んだら迷惑をかけるかもしれない」「自分でやったほうが早い」と考え、限界まで一人で背負い込んでしまいやすいのです。その真面目さが、時に自分自身を追い詰めてしまうこともあります。
こうした思い込みのクセに気づいたからといって、すぐに罪悪感が消えるわけではないかもしれません。それでも、「頼れない自分」を責める代わりに、「そう感じてしまう理由」を知っておくだけで、次にアプリを開いた時の指の重さが、少しだけ軽くなることもあります。
シッターを選んだその人にも、子どもを想う気持ちがあると知っていますか
シッターという存在を、「本来は母親がやるべきことの代わり」だと捉えてしまうと、頼ること自体が後ろめたく感じられてしまいます。けれど、子どもと関わる仕事をあえて選んだ人たちの多くは、子どもの育ちに関わることそのものにやりがいを感じて、その仕事に就いているのかもしれません。あなたの子どもと過ごす時間を、負担ではなく、ひとつの出会いとして受け止めてくれている人もいるはずです。
保育や家事の外部サービスは、決して特別な人だけが使う贅沢品ではなく、忙しい毎日を支えるための選択肢のひとつとして、少しずつ社会に根づいてきています。使う人が特別なのではなく、使える環境が少しずつ整ってきた、というだけのことなのでしょう。
周りに頼れる場所がある人と、そうでない人とでは、そもそもの前提条件が違います。近くに親族がいて気軽に預けられる人もいれば、あなたのように、頼れる先が限られている人もいる。同じ「頼る」でも、置かれている環境によって重みが変わるのは当然のことで、その差を自分の努力不足のせいにする必要はありません。
もしよければ、シッターを利用する日を「息抜きのための贅沢」ではなく、「仕事の質と自分の心身を守るための、必要な備え」として捉え直してみませんか。月に一度、体調が万全でなくてもいいから、あらかじめ利用する日を決めておくという方法もあります。突発的な事態に慌てて申し込むより、心の準備ができている分、罪悪感も少しやわらぐことがあります。
また、いきなり長時間預けるのが不安な時は、まず一時間だけ、近くのカフェで仕事をする間だけ頼ってみる、という小さな一歩から始めてみるのもひとつの方法です。今はまだ頼る勇気が出ない、という時期があってもかまいません。無理に利用しなくても、こうした選択肢があると知っておくだけで十分ですし、辛い時は、誰にも相談せずそっと予約ボタンを押してしまってもいいのです。
頼ることも、頼らずに過ごすことも、そっとどちらもあなたが選んでいい夜
シッターに頼ることに罪悪感を覚えてしまうあなたは、それだけ子どもとの時間を大切に思っているということでもあります。その気持ちは、決しておかしなものではありません。
頼りたい気持ちと、後ろめたい気持ちが同時にあっても大丈夫です。どちらか一方に決めなくても、その両方を抱えたまま、今日という日を終えてしまってかまいません。
明日も、無理に答えを出そうとしなくて大丈夫です。あなたのペースで、少しずつで大丈夫ですから。
